弁護士・中小企業診断士の谷田が,中小企業の皆さんを法律・経営両面で支援します。

blog

労災賠償事件に備えて

2015年11月18日

 マイナンバー対策の一連の連載は前回で一段落しました。今回からは,中小企業の経営者の方に知って頂きたい豆知識を,様々な法分野から取り上げてご紹介していきたいと思います。
 今回は,労災を理由とした損害賠償請求の予防策についてお話しようと思います。いつぞやお話した「労災から損害賠償請求へ」の続きということになりますので,おさらいも兼ねてリンク先のバックナンバーをお読み頂きますと,以下の解説がスムーズに読めるかと思います。
 なお,今回はあくまで現業系(製造・運送・建設等)の肉体的な怪我が伴う労災をイメージしています。メンタルヘルス系の労災の対策はまた趣が変わってきますので,別の機会に触れさせていただきますね。

 さて,予防策については「そもそも,労災の発生自体を回避する工夫」「仮に労災が発生した場合,会社が受ける損害賠償の負担を可能な限り抑える工夫」の2つに分けて考えることができます。以下ではこれらを分けてご説明します。(といっても,お読み頂ければ分かるように,この二つはリンクするところもあります)

1,労災の発生自体を回避する工夫
 月並みな指摘ではありますが,やはり業務体制の確認から入りたいところです。労災の発生を回避するための業務体制は,業種ごとに様々ですのでここで個別に触れることはしませんが,所属する業界団体の研修や配布物を参考にしつつ,また普段の業務でヒヤッとした実例も頭に入れながら「労災を招きにくい業務体制・ルール」を整備したいところです。(もちろん,労働安全衛生法・労働安全衛生規則の確認も重要です)
 
 また,せっかく作った業務体制・ルール(「危険なエリアに立ち入るときは声かけをする」「特定の作業をする時はこういう装備をしてから作業に入る」「事前の健康チェックに引っかかった人はこの業務を担当させない」等)は,ちゃんと文書化して担当従業員の見えるところに掲示するなど,「見える化」を図ることが大事です。
 こういった「見える化」は,従業員を労災から守るのはもちろんですが,長い目で見れば会社を守ることにつながります。詳しくは2(2)で詳しくご説明しますね。

2,
労災が発生した場合の損害賠償責任を可能な限り抑える工夫
 1で述べたような業務体制をキッチリ作っても,労災は発生してしまいます。もっとも,その場合でも,事前の予防策によって損害賠償責任を軽減することはできます。損害賠償責任軽減の工夫は以下のようなものです。

(1) 労災賠償責任保険への加入
 事業所は政府労災保険への加入が義務付けられていますが,これとは別に民間の保険会社が販売している労災保険に加入することで,賠償責任のリスクを軽減することができます。(「
上乗せ労災」「任意労災保険」などと呼ばれるものです)
 保険商品の内容(限度額や免責事項)は様々ですが,政府労災ではカバーできない慰謝料や逸失利益(被災者が将来得られたはずの収入減少分)についてもカバーしてくれるというメリットがあります。
 イメージ的には,自動車の保険を思い起こしてもらえればわかりやすいでしょう。自動車の保険も,「加入が義務付けられている自賠責保険」と「加入するかどうかや契約内容を自由に決められる任意保険」がありますが,「政府労災」と「上乗せ労災」の関係もこれに似ています。(特に,「強制加入の保険だけだと賠償責任をまかないきれない」という点)
 当然ながら,保障の内容と保険料は連動していますので,無制限に保障の内容を手厚くするわけにもいきませんが,会社経営上の突発的なリスクを一つ減らす手段として検討の価値はあるかと思います。

(2) 安全な業務体制の確立

 「1と同じ話じゃないの?」と思われるかも知れませんが,「安全な業務体制を確立して徹底する」ことは,結果的に労災発生時の損害賠償額を抑える効果があります。
 どういうことかと言いますと・・・労災の損害賠償請求は,常に全額が認められるわけではありません。「労働者側に落ち度があった」or「会社側が安全な業務体制を整えていた」という事情がある場合,被災した従業員の損害賠償請求額は何割か減額されることがあります。(交通事故でよく出てくる「過失相殺」というものです)
 ですので,安全な業務体制を整えることは,労災が発生してしまったときの会社の負担を抑えることにもなるのです。

 ・・・と,このように書くと「損害賠償責任をケチるために業務体制を整えるの?従業員に対してえげつないなあ・・・」と思われる方もおられるかも知れませんが,むしろ逆です。安全な業務体制を確立できれば,そもそも労災の発生件数自体減って,労働者を危険から守ることができるのですから。
 会社と従業員両方が安心して業務を続けていくためにも,経営者と現場の間で意見交換をしながら業務体制・ルールを作っていきたいところですね。